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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)103号 判決

兵庫県西宮市松下町七番四五-一〇一

日本翻訳協会・渡辺松華こと

原告

渡邊礼而

右訴訟代理人弁護士

大政正一

東京都千代田区猿楽町二丁目二番三号

被告

社団法人日本翻訳協会

右代表者理事

湯浅美代子

東京都調布市佐須町一丁目三番地八

被告

小野憲

千葉県鎌ヶ谷市東中沢三丁目二三番二八号

被告

原田毅

埼玉県三郷市さつき平二丁目五番一-一〇一号

被告

井上恒郎

東京都世田谷区深沢四丁目四番四号

被告

中川昭五

東京都江戸川区江戸川五丁目二三番地

被告

宇田川貞二

千葉県市川市市川南三丁目一四番二三号四〇三室

被告

西阪透

神奈川県横浜市緑区榎が丘一〇番地一

被告

新井立夫

東京都文京区大塚二丁目四番八-一〇一号

被告

湯浅美代子

東京都世田谷区代田三丁目三八番六号

被告

今川善司

右一〇名訴訟代理人弁護士

高井伸夫

高下謹壱

山崎隆

内田哲也

光石忠敬

光石俊郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告らは、連帯して、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する被告社団法人日本翻訳協会については平成四年四月二二日から、同中川昭五については同月二三日から、同井上恒郎及び同新井立夫については同年六月五日から、その余の被告らについては同年四月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告社団法人日本翻訳協会は、「日本翻訳協会」の名称を使用してはならない。

第二  事案の概要

一  事実関係

1  原告の事業及び営業表示(甲三の1~3、四の1~53、七の1、2、一六の1~49、三二、三三、検甲一の1~9、原告本人〔第一~三回〕、弁論の全趣旨)

(一) 原告は、昭和四三年ころから、「日本翻訳協会」の表示(以下、これを「原告表示」といい、右表示を用いた原告の事業を「原告協会事業」という。)を用いて、後記翻訳力審査認定を実施して会員を獲得するとともに、原告協会事業の一事業部門を意味する「関西翻訳協会」の表示を用いて、翻訳業並びに会員に対する在宅翻訳の委託を行なっている。もっとも、原告は原告協会事業を始めた最初の頃は「日本翻訳協会株式会社エル渡邊」の表示を用いていたこともあり、昭和六一年二月末までの銀行取引口座名には兄有而の名に類似した「日本翻訳協会渡辺裕二」を使用していた。

原告協会事業の収入は、殆どが会員からの審査認定料によるものであり、翻訳業務による収益は、翻訳業務自体が少ないことに加え、原告が、翻訳業務を請け負うに際し、複数の会員に同一の業務を委託したうえ、大学の助手グループ等の専門家に同じ業務を委託するという方法を取り、これらの経費が事業収入を上回っていることから、全く得られていない。

(二) 原告協会事業の主たる事業である翻訳力審査認定は、原告が、原告表示を用いて、新聞、一般週刊誌、英語雑誌等に、外国語翻訳力の審査認定に合格した者には一定量の翻訳業務を保証する趣旨の在宅翻訳者募集広告を掲載し、右広告を見て履歴書を送付してきた応募者のうち、英検実力二級以上の者(〈1〉英検二級〔高等学校卒業程度〕以上を取得している、〈2〉短大以上の学歴がある、〈3〉専門語学を一年以上専門学校で学んだことがある、〈4〉半年以上海外に居住したことがある、〈5〉外国語の手紙の翻訳ができるという五要件のどれかに該当すると原告が認めた者)を、全員、第一次審査(履歴書審査)に合格した準会員として名簿に登録した後、これらの者に対し、正会員となるため無料又は有料のコースのどちらを希望するか等を選択記載して原告宛に返送するための正会員申込書を送付し、有料コースを選択した者に対しては、審査認定料(終身登録料を含む。現在では二万五〇〇〇円、昭和六一年当時では八八〇〇円)の払込後に検定試験(在宅のまま受験)を実施し、合格者(もっとも、有料で受験した準会員は、全員が合格し正会員の資格が与えられる。)に対しては、成績によりA級、B級、C級及びC級補欠の四等級に格付けしたうえで正会員の資格を与え、無料コースを選択した者に対しては、一〇種類のトライアル業務(無報酬)を終了した後に正会員と認定するというものである。

2  被告らの行為(甲一、五の1~5、被告原田毅本人)

(一)(1) 被告社団法人日本翻訳協会(以下「被告協会」という。)は、昭和六一年一〇月二四日、翻訳従事者の知識及び技術の向上を図ることにより翻訳業務の社会的評価を高めるとともに、翻訳従事者の雇用・就業機会の充実を図り、もって翻訳従事者の福祉の向上と経済社会の発展に寄与するため、翻訳市場の開拓と翻訳従事者の雇用・就業機会の開発・拡充、翻訳需要関係機関の調査研究、翻訳業を行う事業所における雇用管理等の運営管理の指導及び福利厚生事業、翻訳従事者の職業能力に関する評価制度の確立等の事業を行うことを目的として、「社団法人日本翻訳協会」の名称(以下「被告名称」という。)で設立許可を受けた社団法人である。

(2) 被告協会を除くその余の被告らは、いずれも被告協会の設立当時における理事であり、昭和六二年二月から四月までの間に三回開催された被告協会の設立準備委員会、及び同年七月に開催された創立総会に出席し、被告協会の名称を被告名称に決定する手続に関与した者である。

(二) 被告協会は、被告名称又はその要部である「日本翻訳協会」の表示を用いて、翻訳者の教育・育成業務及び翻訳力の検定試験を行っており、昭和六三年からは、毎年一回、「労働省認定 翻訳技能審査〔1・2・3級〕」の名称で翻訳業務従事者及び翻訳家志望者を対象とする英語翻訳能力の検定試験を実施し、合格者には、それぞれ合格証書を授与するとともに、一級~三級トランスレーターの称号(昭和六二年一二月九日付労働大臣承認)を付与している。被告協会の翻訳技能審査は、翻訳技能に関して、我が国で唯一労働大臣の承認を受けたものであり、受験に関しては、受験料(一級一二〇〇〇円、二級一〇〇〇〇円、三級八〇〇〇円)以外の認定料・登録料等は不要である。

二  請求

原告は、原告表示が原告の事業を示す表示として広く認識されており、被告協会が原告表示に類似する被告表示を使用して翻訳技能審査等を行うことが不正競争防止法一条一項二号に該当するとして、被告協会に対し、被告表示の使用の停止を求めるとともに、被告協会に対しては同法一条の二に基づき、その余の被告らに対しては、故意または過失により被告協会の名称を被告名称に定めたとして、民法七〇九条に基づき、損害金四一一八万円(被告協会の行為により原告が被った営業上の損害三六一八万円及び慰謝料五〇〇万円の合計)の内金一〇〇万円及びこれに対する各訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた。

三  争点

1  原告表示は、原告協会事業を示す表示として、需要者又は取引者間で広く認識されるに至っているか。

2  原告協会事業は、不正競争防止法で保護される「営業」に該当するか。

3  被告が被告表示を使用して翻訳技能審査をすることにより、原告協会事業との間に誤認混同を生じるおそれがあるか。

4  被告協会を除く被告らには、被告協会の名称を被告名称に定めたことについて、故意又は過失があるか。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(原告表示の周知性獲得の有無)について

【原告の主張】

原告は、昭和四三年ころから、原告表示を用いて、英文等の翻訳、翻訳力の審査認定、翻訳OA機器の利用方法の研究、会員の獲得及び会員相互の発展のための企画等を行なっており、昭和五八年には、大阪市北区梅田一丁目に大阪事務所を、昭和五九年一月ころからは東京都新宿区新宿四丁目に東京事務所をそれぞれ開設し、昭和五九年には、大阪本部を現在地に移転した。

原告表示は、電話帳、業界紙、週刊誌、新聞等の広告、記事等に度々掲載された周知の名称であるうえ、原告は、昭和六〇年一二月二七日から、原告が発送する郵便物の料金予納者及び郵便私書箱の名称を「日本翻訳協会」として西宮郵便局に届けており、昭和五八年三月ころから、原告の取引銀行である三井銀行(現・さくら銀行)西宮支店に、原告の通称名として「日本翻訳協会・渡辺松華」名義の当座預金口座を開設して同名義で小切手を発行している。

したがって、原告表示は、遅くとも被告協会が設立された昭和六一年一〇月ころまでには、原告協会事業を示す表示として、需要者又は取引者間で広く認識されるに至っていた。

【被告らの主張】

原告表示は、「日本」「翻訳」「協会」という一般的な概念を表現する普通名詞のみの結合であるから、原告協会事業を示す表示として周知となることは著しく困難である上、原告は、原告表示のほかに、「関西翻訳協会」「京都翻訳協会」「東京翻訳協会」「中日翻訳協会」の表示を大きく併記して、これらの表示も自己の屋号又は通称名として使用している。

原告のこのような様々で不統一な表示の使用は、需要者又は取引者に対して、各名称とその表示する営業主体との関係について著しい混乱を生じさせるものであるから、原告表示が原告協会事業を示す表示として周知性を獲得したものとは到底認められない。

二  争点2(原告協会事業は法の保護を受ける「営業」か)について

【被告らの主張】

原告協会事業は、違法な営業であるから不正競争防止法の保護に値する「営業」には該当せず、したがって、原告表示も同法により保護される「営業表示」に当たらない。

1 原告協会事業は、一般消費者を誤信させる欺瞞的なもので公正なる競業秩序に反するものであるから、不正競争防止法の保護を受け得ないものである。

(一) 原告協会事業には、「日本翻訳協会」という名称から窺われるような全国的規模の団体としての実体がなく、原告が開設したと主張する大阪本部、東京事務所等も、単に転送電話又は留守番電話が設置されているだけのものである。

(二) 原告は、原告協会事業のために原告表示のほかにも団体を想起させる表示を多数使用し、その結果、需要者又は取引者に対し、各名称とその表示する営業主体との関係について著しい混乱を生じさせている。すなわち、

(1) 原告は、原告協会事業を表示するものとして、全国的規模の団体を窺わせる原告表示「日本翻訳協会」を使用するほか、併せて、その各地方規模の支部を想起させる「関西翻訳協会」「京都翻訳協会」「東京翻訳協会」「中日翻訳協会」の各表示を使用している。

(2) また、原告は、「渡辺松華」と同一の電話番号で、電話帳に「大阪翻訳」「大阪翻訳協会」「京都翻訳協会大阪支部」「神戸翻訳協会大阪支部」「ジャパントランスレーションアソシエーション」「松華(有)」「全国翻訳家名鑑作成委員会」「中日翻訳協会大阪支部」「テープ起シ翻訳協会」「テープ辞書出版社」「テープ辞典発行所」「東京翻訳協会関西支部」「特急仕上翻訳協会」「日本外語学院」「日本翻訳協会財団設立委員会」「翻訳博士認定協会大阪支部」「翻訳力人材センター」「渡辺礼而」という二〇件もの重複掲載を行っており、実に、そのうち一六件が団体を想起させる表示である。

(3) さらに、原告は、原告の本名と類似した「渡辺礼二」と同じ電話番号で、「日本翻訳協会(財)設立委員会」の表示を使用し、意図的に団体名を僭称している。

(三) 原告は、宣伝広告文中において、「関西翻訳協会」「東京翻訳協会」「中日翻訳協会」の各表示の横に、商標法七四条によって登録商標以外の商標の使用をする場合には付することを禁止され、同法八〇条によって違反者には刑事罰が課せられている、商標登録表示を意味すると一般に認められている記号〈R〉を意図的に付記し、また、民法三五条の二により財団法人以外による使用が禁じられ、違反者には同法八四条の二により行政罰が課せられる「財団」の表示を広告に掲載して、一般消費者を欺瞞している。

2 原告協会事業は、翻訳力審査認定に応募して合格した者に申込書を送り、応募者からの受験登録料を受領した後に、仕事を斡旋するというものであるから、労働大臣の許可を得ないで有料の職業紹介事業を行うという、職業安定法三二条一項違反の違法事業に該当する。また、有料の職業紹介事業でないとしても、少なくとも労働大臣の許可を得ないで無料の職業紹介を行うというものであるから、同法三三条一項違反の違法事業に該当する。

【原告の主張】

原告協会では、主として日本翻訳協会本部が英文等の翻訳力の審査認定を行い、その他の翻訳等の業務は、原告協会の一事業部門である関西翻訳協会等が行うよう業務の分担がなされているものであり、原告協会と個々の翻訳者等との関係は、単なる委託ないし雇用であって、職業安定法所定の職業の斡旋ではない。

三  争点3(誤認混同のおそれ)について

【原告の主張】

原告協会事業と被告協会の営業の間には、被告らが昭和六三年ころから大阪市内及びその周辺において、毎年、翻訳技能審査と称して、原告が行なってきた翻訳力の審査認定と類似する翻訳基礎能力検定を行ったり、右地域において、外語スペシャリスト等の月刊誌を利用して広く会員の募集を行ったことにより、現実に誤認混同が生じており、このため、原告は、自らの翻訳力審査認定の実施による受験認定料の取得並びに会員獲得を妨害されるなどその活動を制約妨害され、また、被告協会の検定試験や会員募集を原告のそれと誤解した需要者又は取引者からの照会に対する対応などに忙殺されている。

【被告らの主張】

原告は、「渡辺松華」個人事業の屋号又は通称名として、全国的規模の団体を窺わせる「日本翻訳協会」の名称を使用しているのであるから、その営業表示は単なる「日本翻訳協会」ではなく、原告の個人名を加えた「日本翻訳協会こと渡辺松華」全体が不可分一体のものとしてその営業表示となるべきものである。

他方、被告協会は、公益事業を営む社団法人として、事業を行う際には、必ず「社団法人日本翻訳協会」と称し、加えて、労働省認定の翻訳技能審査を主たる事業として実施し、翻訳技能に関する我が国唯一の公的資格を付与する社団法人として実社会で高い評価を得ているのであるから、その名称も、単なる「日本翻訳協会」ではなく「社団法人日本翻訳協会」全部が不可分一体のものとして認識されるものである。

したがって、原告の営業表示である「日本翻訳協会こと渡辺松華」と、被告協会の名称である「社団法人日本翻訳協会」は類似しておらず、被告協会が被告表示を使用しても、原告協会事業と被告の営業の間には誤認混同は生じない。

四  争点4(故意・過失の有無)について

【原告の主張】

被告協会設立時の理事の一人である山添暉子(以下「山添」という。)は、原告の元妻である足達美智子の中学時代からの親友であって、昭和四六年に原告が美智子と婚姻した後は、原告とも家族的な付き合いをしており、昭和五八年には、原告が、山添の経営する翻訳会社・株式会社プリマルックスに対し、日本翻訳協会の名で翻訳の外注をしたこともある。

右事情によれば、被告協会設立当時、原告が「日本翻訳協会」の表示を用いて原告協会事業を行っていたことを山添が熟知していたことは明らかであり、その余の被告協会理事らも、山添から得た知識並びに新聞・雑誌に掲載された原告協会事業に関する広告及び記事により、原告協会事業の名称及びその内容を知っていたにもかかわらず、被告協会の名称を原告表示に酷似した被告表示に定めたものであるから、被告協会を除くその余の被告らには、被告協会の名称を被告協会に定めたことについて、故意又は過失がある。

第四  争点に対する判断

一  争点1(原告表示の周知性獲得の有無)について

1(一)  前記第二、一1冒頭掲記の証拠及び証拠(甲一九の1、2、二〇の1~5、)並びに弁論の全趣旨によれば、原告協会事業の収入は、専ら、履歴書審査に合格した準会員のうち、原告の検定試験を有料で受験する者が支払う審査認定料から成り立っていること、原告は、原告協会事業以外に、本業である呉服の卸業や日本刺繍の学校の経営等の事業を行っているが、原告個人の所得は、右検定試験の受験者が多数であった昭和六一年までは年間約二〇〇〇万円を超えていたが、被告協会が設立されその事業が開始された昭和六二年以降は、課税対象額(一二〇万円)以下にまで激減するなど、専ら、原告協会事業から得られる審査認定料に依拠していることが認められ、原告協会事業の主眼は、原告が、個人で原告表示等を用いて新聞・雑誌に在宅翻訳者募集の広告を出し、右広告を見て応募してきた者から審査認定料の支払を受けて検定試験を行ない、原告が定めた原告協会の正会員の資格を与えるというところにあるものと推認される。

そして、証拠(甲4の12~53、二八、検甲一の1~9、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が第一次履歴書審査の合格者(英検実力二級以上と原告が認定した者)に付与している準会員の資格は、前記第二、一1記載の履歴書審査の五要件が、高等学校卒業程度の平均的英語力を有している者であれば誰でも該当するものであり、在宅翻訳者を選抜する要件としては、たとえ、検定試験を受けるための基礎的能力の審査であるとしてもレベルが低過ぎること、原告が検定試験の合格者に付与しているA級、B級、C級、C級補欠という正会員の資格は、審査認定料を支払って受験した準会員でありさえすれば全員が必ず合格し、全員が右四等級のいずれかに格付けされるものである(最低でも正会員C級補欠の資格が与えられる。)こと、原告は、新聞・雑誌の広告では、A~C級(三〇点以上)合格者には審査認定料を全額返還すると記載しているが、実際に原告の検定試験を受験した者は、殆どがC級補欠と認定されていること、原告は、原告協会事業の主催者として、右検定試験の採点の一部及びA~C級、C級補欠の評価判定を行なうとともに、正会員に委託する翻訳業務を振り分けているが、原告自身は、呉服の卸業を本業とするもので、殆ど英語ができない(自称英検三級程度)こと、原告協会が認定する正会員、準会員の資格は、財団法人日本英語教育協会主催の英語検定や、被告協会が翻訳技能審査の合格者に付与している一~三級トランスレーターの資格のように、受験者の語学力を客観的に証明するものとしては対外的に通用する資格ではないことが認められる。

また、証拠(甲二四の12、検甲一の9)によれば、原告協会に審査認定料を支払った者は、昭和五八年から平成四年までの一〇年間に限っても計二四二五人に及ぶこと、原告の保有する正会員ファイルの中には、五八〇〇番台の番号が記載されたものもあることが認められ、これまで原告協会の翻訳力審査認定を受けて正会員となった者は、少なくとも数千人に及んでいると推定されるところ(但し、原告は、本人尋問中で準会員二万八五〇〇人、現在翻訳を依頼している会員は約三〇〇人と供述している。)、これに対し、原告協会又は関西翻訳協会こと原告が外部から受注する翻訳・ワープロ入力等の委託業務の量は、一か月当たり約二〇件程度に過ぎないものである(甲二四の5~11)から、原告が一つの業務を複数の会員に委託していることを考慮しても、原告協会は、一旦正会員となった者に対して継続的に翻訳業務を委託するに足りるだけの業務量を保有していないものと推定せざるを得ない。さらに、原告は、一つの帳簿に、審査認定料、翻訳料等の原告協会事業の収入のほかに、本来の事業である呉服の売上や日本刺繍の学校の収入をも記載するなど、いわゆる丼勘定の記帳をしており、原告協会事業を一個の独立した事業として全体的に管理している形跡がないことが認められ(甲二四の5~11、検甲一の1~9)、これらの事情を総合考慮すれば、応募者が審査認定料を支払い、検定試験を受けて原告協会の正会員の資格を取得したとしても、入会当初の数回はともかく、その後も原告から継続的に翻訳業務の委託を受けられる可能性は少ないものと推定される。

また、原告が原告協会事業の運営に当たって駆使してきた原告表示を含む多数の団体名には、いずれも組織的実体がなく、新聞・雑誌広告や社名入り封筒に記載されている大阪事務局、京都事務局、東京事務局、神戸事務局なども、その実体は、共同の貸机事務所の貸机及び貸電話(大阪事務局)、知人宅に置いた転送電話(東京事務局、神戸事務局)、三女の養親宅に置いた転送電話(京都事務局)の所在場所を指称するものに過ぎないこと(甲二七、被告原田本人、原告本人)、原告協会事業に関する発表には、実際には発行されていない「最新翻訳大辞典」「全国翻訳家名鑑」なる書名の本をあたかも発行済みのように表示してしばしば広告に掲載したり、後記朝日新聞の記事により販売、寄付の予定があると紹介された盲人用「テープ辞典」の販売、寄付を現在まで行っていないなど不明瞭な点が多く(甲四の1~51、一六の40、原告本人)、また、原告協会に履歴書を送付した者の中で、実際に審査認定料を支払って検定試験を受ける者の数は、昭和六一年前は一か月当たり三〇人以上、多い時には一三〇人を超えることもあったが、被告協会設立後は一か月に一〇人以下、時には〇人となるほどに激減し、現在も一か月当たり一、二名という状態が続いている(甲一九の1、2、二〇の1~5、二五、原告本人)。

(二)  以上の諸事実を総合すれば、原告協会事業の主たる収入源である翻訳力審査認定は、受験者の語学力を証明するものとしても、また、翻訳業務を継続的に発注委託するための内部審査の基準としても実体を伴うものでないといわざるを得ず、原告協会事業はこのような実質的内容に乏しい営業を中核とするものであり、事業収入の大半は後記認定のような広告のための費用に投じられ、その成果として、右審査認定の受験希望者を更に募集してその審査認定料を収受することを繰り返すという営業をしているものと推認されるから、たとえ原告が昭和四三年ころから被告協会が設立された昭和六一年一〇月二四日まで、約一八年間にわたり原告表示を使用してきたとしても、原告協会事業ないしそれを表示する原告表示が、翻訳力審査認定及び翻訳業に関して、一般消費者又は語学力の審査認定や翻訳業務に興味を持つ英語学習者・需要者との間において、健全な信頼関係を獲得形成するに至っていたと認めることはできず、結局、本件全証拠によっても、原告表示が原告協会事業を示す表示として需要者又は取引者間で広く認識されるに至っていたものと認めることはできない。

2(一)  原告は、原告表示について、電話帳、業界紙、週刊誌、新聞等の広告、記事等に度々掲載された周知の名称であると主張し、証拠(甲四の1~51、一六の1~9、40、43~49、二八、原告本人)によれば、(1) 原告は、昭和五七年ころから、「日本翻訳協会」又は「日本翻訳協会関西本部 関西翻訳協会」の表示を用いて、大阪市、京都市、兵庫県、奈良県、和歌山県、名古屋市、東京都、福岡市等の電話帳に「全外国語翻訳」の広告を出し、新聞・雑誌にも「自宅での翻訳アルバイト」「一か月三〇枚以上の翻訳業務を保証」などの在宅翻訳者募集広告を出していたこと、(2) 原告の広告活動は、昭和五九年から昭和六一年にかけて頻繁になり、英語情報誌である「翻訳辞典84」、「イングリッシュジャーナル」(一九八四年七~一〇月号、一二月号、一九八五年三月号、五月号、六月号)、「外語スペシャリスト」(一九八六年二~五号)、「ステューデントタイムズ」(一九八四年七月六日、一一月九日、一二月二三日、一九八五年一月一一日、二月八日、四月一二日)、「朝日ウィークリー」(一九八四年一二月二三日、一九八五年一月二〇日、四月二八日)、一般週刊誌である「週刊朝日」(昭和六〇年八月二三日号、九月二七日号)、「サンデー毎日」(昭和六〇年八月二五日号、九月一五日号、一〇月一三日号、一二月二九日号、昭和六一年一月二六日号、二月二三日号)、「週刊読売」(昭和六〇年九月二二日号、一〇月二〇日号、一一月二四日号、一二月二二日号、昭和六一年一月二六日号、五月二五日号)や、「朝日新聞」(昭和六〇年一〇月三一日朝刊・夕刊、一一月一〇日)、「西日本新聞」(昭和六〇年一一月一二日)、「日経産業新聞」(昭和六〇年一〇月三〇日)といった新聞に、在宅翻訳者募集広告が掲載されたこと、(3) 原告協会事業は、新聞・雑誌の記事として取り上げられたこともあり、〈1〉一九八三年一二月一六日発行の「翻訳辞典84」には、「身障者にも翻訳者への道が開ける」という見出しで、関西翻訳協会(日本翻訳協会関西本部)がボランティア活動の一環として身体障害者のための英会話や翻訳の学習講座を開いている旨の記事が掲載され、〈2〉一九八四年(昭和五九年)七月六日付のステューデントタイムズには、「サークル訪問 翻訳の仕事をしたい人、集まれ!日本翻訳協会-会員は主婦、OL、学生など-」という見出しで、原告協会が翻訳力認定審査を行ない、会員に下訳の仕事を紹介している旨の記事が掲載され、〈3〉昭和六一年四月六日付の朝日新聞には、「外国語学ぶ盲人向け 翻訳テープ辞典完成 五か国語を表示し発音」の見出しで、原告協会が三年がかりで盲人用外国語テープ辞典を完成させた旨の記事が掲載されたこと、以上の事実が認められるけれども、原告協会事業の実質的内容が前記のとおりのものと認められる以上、右事実を考慮しても、当裁判所の前記判断を変更することはできない。

二  以上のとおり、原告表示が原告協会事業を示すものとして需要者又は取引者間で広く認識されるに至っていると認めることができないから、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官 阿多麻子)

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